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東京高等裁判所 平成元年(ネ)3536号 判決 1990年10月30日

控訴人 石井和幸

被控訴人 石井俊夫 外6名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

一  控訴代理人は、「原判決を取り消す。本件を東京地方裁判所に差し戻す。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人らは、いずれも控訴棄却の判決を求めた。

二  控訴代理人は、「被控訴人石井圭一郎が昭和63年12月19日死亡したことにより、同人の妻石井アサ、同人と訴外石井陽子との長男石井俊夫、同じく長女鈴木一恵及び同人と石井アサとの長女石井圭子ら4名は、相続により右石井圭一郎の権利義務を承継した。」と述べ、同人らの訴訟代理人らは、「承継の事実を認める。」と述べた。

三  当事者双方の主張について、左に付加、訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決4枚目裏3行目の冒頭に「1」及び同5枚目表6行目冒頭に「2」をそれぞれ加える。

2  同10行目の次に行を改めて「3 仮に、特別受益の存否を遺産分割の前提要件であるとしても、本件においては、被相続人石井浩三は昭和45年11月26日に死亡しているから、昭和55年法第51号により新設された寄与分(民法904条の2)は、全く適用される余地がなく(昭和55年5月17日附則1項、2項)、右寄与分が審判事項であることとの関係で特別受益の存否についてもそれとパラレルに判断すべきである、との解釈を採用すべきではない。」を加える。

理由

一  控訴人の本件訴えは、原判決添付の別紙物件目録1ないし3(編略)記載の各物件が亡浩三の「みなし相続財産」であることの確認を求めるものであるが、控訴人らは、本件訴えは不適法である旨を主張するので、まず、本件訴えの適否について判断する。

共同相続人の具体的相続分を確定するために、民法903条1項は、「共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻、養子縁組のため若しくは生計の資本として増与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、前3条の規定によって算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除し、その残額を以てその者の相続分とする」旨を規定しているが、右の「みなし相続財産」とは、被相続人の死亡時の相続財産に贈与の価額を加えたものであるから、現実に存在する相続財産ではなく、具体的相続分を確定するために行う観念的操作の所産、換言すれば、具体的相続分確定のための1つの要件にすぎないのである。

遺産分割の手続が家庭裁判所の専権事項であることと併せ考えると、ある財産が右の「みなし相続財産」に該当するか否かの判断は、遺産分割の審判において家庭裁判所が観念的に操作する過程における1つの要素ないし要件の有無を判断するものであって、具体的相続分確定のための1つの前提としての意義を有するにすぎず、「みなし相続財産」を私人間の独立した権利義務の客体として捉えることはできないものといわなければならない。

共同相続人の具体的相続分を確定するためには、各相続人の特別受益及び寄与分の双方の確定が必要であるが、寄与分は、当事者の協議ができないときは家庭裁判所が審判において定めるものとされ、しかもそれは、遺産分割と同時に行われるものとされている(民法904条の2、家事審判法9条1項乙類9の2、家事審判規則103条の3)。このような法の規定の趣旨に照らせば、寄与分と同様に法定または指定相続分を修正する要素として位置付けられている特別受益の有無及び価額についても、法は、家庭裁判所が遺産分割の中で審理判断すべきものであり、弁論主義による民事訴訟においてこれを確定することは予定していないものというべきである。控訴人は、寄与分に関する規定が昭和55年に新設されたものであるから、本件には寄与分の規定を根拠とした判断は許されない旨主張するが、この法改正の根底にある思想は、具体的相続分の確定に関する事柄については家庭裁判所が遺産分割の審判においてもしくは審判と同時に定めるものとする考え方であるから、右規定の新設以前からこのような思想はあったもので、右改正以前に開始した相続についても寄与分規定の趣旨を斟酌して判断することは差し支えないものというべきである。のみならず、特別受益の有無及び価額を判断するにあたっては、単に贈与の事実に止まらず、婚姻、養子縁組及び生計の資本に関しての贈与であるか否かの判断を要するが、そのためには、被相続人の生前の資産、収入及び家庭状況並びに当時の社会状況等一切の事情を総合的に考慮しなければならないのであるから、みなし相続財産を確定するということは、本来的に非訟事件であり、したがって、訴訟事項ではなく審判事項であるといわなければならない。その意味においてみなし相続財産の確定は、同じ遺産分割の前提問題である遺産の範囲、相続人の確定及び遺言の効力の事項と本質的に異なるものであり、みなし相続財産の確定を審判事項とすることと遺産の範囲についての確認訴訟を認める判例(最高裁昭和61年3月13日判決・民集40巻2号389頁)の立場となんら矛盾するものではなく、また、みなし相続財産の確定の手続が公開の法廷で行われないとしても憲法82条1項に違反するものではない。

二  以上によって、控訴人の本件訴えは不適法であり、これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法95条、89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宍戸達徳 裁判官 沢田三知夫 板垣千里)

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